夏も過ぎ去ろうとしていた８月の末、いつものように事務所の電話を取ると、「今、アパートの前に居るので、部屋を見せてほしい」という、年配の男性からの電話をとる。
　早速、アパートのカギを持ち現地に行くと、６０代半ばの男性が自転車に乗って待っていた。
そのアパートは、もう１年以上も空いていて、かろうじてお風呂がついているような、ボロボロなアパートであった。部屋の中を男性に見せると、一通り見て男性は「この部屋に決めたい」と言う。
　以下は、男性と私の会話

私　　　「ありがとう、ございます。ところで、お仕事は何を ? 」
男性 　「無職で、年金生活です」
私　　　（まあ、決まりそうもないアパートだから無職でも良いか）
私　　　「それなら、保証人さんを、息子さんか、娘さんになってもらえますか ? 」
男性　 「息子はいるが、保証人にはなってくれないだろう」
私　　　「無職で保証人さんも付けれないと、契約はムズカシイですよ」
男性　 「そこを、何とかお願いします。お金は、有ります」
私　　　「そう、言われても・・・」
男性　 「お願いします。今日、寝る場所が無いんです」
私　　　「何か、事情でも ? 」

　その事情というのを聞くと、１ヶ月前に何があったのか分からないが、一緒に住んでいた息子さんの家を追い出され、その後１週間はサウナなどを泊まり歩き、その後は、運良く建築現場で働くことができたので、現場事務所で寝泊りしていたのだが、今日の朝、親方に「若い者が入ることになったので、ジィさんは今日中に出て行ってくれ」と言われた、というのである。

　同情はするが、やはり無職で保証人無しでは、アパートの契約はできないと言うと、男性は、「それなら、息子に保証人になってくれるように、一緒に頼みに行ってくれ」というのである。
　あまりにも一生懸命に頼むので、男性を車に乗せて息子さんの家に頼みに行くことにした。
家に着くと、息子さんが出てきて、　以下、息子さんと男性の会話

息子　　「何しに来た」
男性　　「アパート借りるんで、保証人になってくれ」
息子　　「なにぃ、おまえの保証人なんか、なるわけないだろ !」
男性　　「そしたら、俺はどこで寝ればいいんだ」
息子　　「そんなの知るか、その辺の道端で野垂れ死ね !」
男性　　「わかった、保証人は頼まない」
　　　　　「金がいるんで、俺の生命保険の証書と印鑑を返してくれ」
息子　　「心配しなくても、おまえが死ぬまで保険金は俺が払ってやる」
　　　　　「おまえは、死んで保険金でしか俺の役にたたねえからなあ」
私　　　 「息子さん、そこまで言わなくても良いだろう」
　　　　　「あんたの、親だろ !」
息子　　「関係ねえ奴は、口だすな、とっとと帰れ !」
男性　　「わかった、もう二度と来ない」

というわけで、これで「ハイ、サヨウナラ」と帰るわけにはいかなくなり、とりあえずは、アパートの大家さんに電話をして事情を話すと、１年以上空いているアパートなので、無職で保証人無しでも家賃さえ払ってくれるなら入居しても良いと、あっさり承諾が出た。　

　ここまで関わった以上、最後まで面倒をみることにし、建築現場の事務所に男性の荷物を引き取りに行くと、すでに荷物は外に出されていた、布団が１組、衣類が入ったダンボールが１個、手提げ金庫が建築現場のホコリにまみれて、放置されていた。

　なんとも、きびしい社会の現実。荷物を私の車の後部座席に押しこみ、契約したばかりのアパートへ運ぶ。部屋に荷物を運び終わると男性は、泣きながら私に礼を言った。

　その後の話しによると、２年前に息子夫婦が家を新築するので一緒に住まないかと言うので、男性はそれまでコツコツと貯めた６００万円を家の新築の頭金にと息子に渡しているのに、追い出すとき時には、身一つで追いだされたということだ。
　結局、息子さんとの間に何があったのかは、最後まで言わなかったが、６００万も出しているなら、家の中に部屋の一つぐらい確保してあげても良いのではと、私は思うのだが・・・。
（2000/04/09 ）
　
PS : この男性、３ヶ月後に家賃滞納

●後日談●
家賃を滞納した理由が、銀行まで遠くて振り込めなかったということなので、早速この男性を連れて銀行に行き、年金の支給日に家賃が自動的に振り込みになるように手続きをとる。自動振込みにしてからは、滞納は一度もない。
　仕事の方は、この男性もボヤイテいたが、今までだと若者が見向きもしなかったような、工事現場の仕事や道路工事の交通整理などにも、若者がどんどん進出してきて、結果的に年寄りが追い出される、世の中、相当不景気だ。